Introduction
Littlefan.net が注目する8名のアーティストが、三軒茶屋のガルリ・アッシュにて、二週間おきに個展を開催します。ぜひ、毎度ご高覧ください。 (詳しくみる)
Artist
- Case1:林田 健
- Case2: 清水 由紀子
- Case3: 北村 佳奈
- Case4: 冨岡 奈津江
- Case5: 加藤 靖隆
- Case6: 小田 薫
- Case7: 遠藤 和希子
- Case8: 宮岡 貴泉
Access
Interview
- インタビュー: 宮岡 貴泉さん
- インタビュー: 遠藤 和希子さん
- インタビュー: 小田 薫さん
- インタビュー: 加藤 靖隆さん
- Statement : 加藤靖隆さん
- インタビュー: 冨岡奈津江さん
- インタビュー: 北村佳奈さん
- インタビュー: 清水由紀子さん
- インタビュー: 林田 健さん
Supported by
Statement : 加藤靖隆さん
● ニューヨークでの体験
2000年の世紀が変わった年の始めに、ニューヨークで僕のグラフィック・デザインに対する講演とスライドショーをする機会がありました。
もともとニューヨークという街や文化性が大好きな僕は、次の年の2001年9月11日に起こるあの「同時多発テロ事件」に他国での出来事とは思えぬ程の衝撃と強烈なシンパシーを感じました。この時迄に、20年以上に渡ってのグラフィック・デザインのキャリアを積んでは来ましたが、<仕事依頼>以外には<個人作品>を作った衝動や経験はまったくありませんでた。
1998年にスペインを旅した際に、マドリードのソフィア王妃芸術センターで見た「ピカソ作のゲルニカ」絵画の畏敬な存在感の圧倒的な残像が脳裏から覚めやらず、そんな敬虔な思いとあの「ゲルニカ」をオマージュしてみたい願望から、おもわず「ニューヨーク」と銘打った作品を作ってしまいました。初の個人作品の制作でもありました。
コラージングした構成画面の中に「般若心経の全文」や「MY WORLD IS EMPTY WITHOUT YOU IF YOU WERE HERE…」というキャッチコピーも添えました。

<NEW YORK>
そして2007年の年の始めに、ニューヨークで初の個展をする機会があり、この作品「NEW YORK」を含めて6年間に渡って作り続けた個人作品を35点ほど発表する事が出来ました。
この時の滞在期間中にニューヨークの美術館やギャラリーを隈無く見て回った中で、大規模な「アウトサイダー・アート展」に遭遇することが出来ました。
「アウトサイダー・アート」とは、専門的な美術教育を受けてない人々が、既存の芸術の流儀や流行に一切捕われることなく、自身の内側から湧きあがる衝動のまま自然に表現した芸術…と一応の括りで呼ばれてます。また作者の中には、子供、知的障害者、精神障害者、交霊術者、因人、世捨て人など、精神的あるいは社会的に世間から外れた人々が多く含まれる様ですが、そんな括りとは関係なく僕には大いなる神秘の深淵なる芸術体験となりました。
● PURE ANAL/LOVE SKULL/MOTHER HEART
僕のこの個展期間に画家でありイラストレーターの黒田征太郎さんと出会い、彼の主宰する「PIKADON PROJECT」への参加を促されました。
「PIKADON PROJECT」とは、黒田さんが野坂昭如原作「戦争童話集〜忘れてはイケナイ物語り」の童話本制作を皮切りに立ち上げ、提唱した反戦アート・プロジェクトのことです。
この2つの事象が僕のニューヨークでの個展を開催してた期間中の出来事であり、そんな影響下の中で帰国後に最初に作った作品が「PURE ANAL」でした。
まだ一度もこの世に産みい出ず(例えばそれが、戦時下、被災下においても)母子胎内の中で、自身の肛門からたった一度も自力でウンチをしたことがない<ピュアな肛門のままの胎児の姿>を描いてみました。

<PURE ANAL>
<生>及び<その誕生>のイコン的象徴として「PURE ANAL(胎児)」をモチーフにした作品の次に、それと対峙する<死>及び<その観念>の終息的象徴として「LOVE SKULL(髑髏)」をモチーフにした作品を制作してみました。
ドクロ(髑髏)からイメージされる古来からの観念は、死の確実さ、生や虚栄のはかなさ空しさ、極めて悲観的なものの象徴として観る者に喚起させるモチーフではありますが…作品「 LOVE SKULL」では、それらとは反対のイメージや生命への解放と喜びを呼び起こすモチーフとして定着させてみました。

<LOVE SKULL>
そして、<命>及び<その保持>のスパン的象徴として「MOTHER HEART(心臓)」をモチーフに作品を制作してみました。
「心臓」は、特に脊椎動物の持つ筋肉質な臓器であり、律動的な収縮によって血液の循環を行うポンプの役目を担っていて、生き物が存続条件に必要な細胞の代謝や呼吸機能を作り出す
エネルギーの源であり、その停止はその個体の死を意味することになります。
作品「MOTHER HEART」では、命の根幹を成す象徴である心臓のそのキラメキを、成る可く多数の色彩を多投することで、その存在の永久性を表現してみました。

<MOTHER HEART>
● GOING OUT OF MY HEAD
今回の個展(8 SOLO EXHIBITION_S)をプロデュースして頂きました谷岡拡さんが提唱する『東日本大震災がもたらした衝撃や影響が、心の資質や生き方の視点や観念に少なからず
与えた変化を、作品を観る側と作る側の意志の<いま>をつかみ、見つめなおす契機とすることの意義も合わせて享受しましょう!』という問い掛けも受けてますが…
僕は、日頃の生活、人生中に起こる事象や経験値からアーティストとして生き、作品制作を重ねて来てますので、谷岡さんのこの問い掛けも自然に冷静に受け止め、僕なりの回答が出来ると思ってます。
しかしながら、やはり天災とはいえ悲惨な体験や社会の混乱は、日常にも暗い影を落とし、元気もついつい失い掛けるものです。
そんな中、この作品展示の機会を受け、我が個展に向けたテーマ、タイトルをどうしようか?と考えました…
僕は音楽が大好きで、ジャケット・デザインを生業としてきましたが…この世で一番好きな曲を再度、自問自答したところ『GOING OUT OF MY HEAD』という曲でした。
バート・バカラックが作った曲として世界的に有名ですが、僕はシラ・ブラック(ザ・ビートルズと同世代の同じイギリスのリバプール出身の女性シンガー)の唄うバージョンが一番好きです。『♪〜 I THINK I’M GOING OUT OF MY HEAD OVER YOU〜あなたのことばかり考えて、頭が狂しくなりそう!〜♪』といった歌詞の<恋の歌>ですが…..
人の喜びの中のひとつとして<頭が狂しくなる程の恋をする>って!?ありますが、僕は小学生の時に「エド・サリバン・ショー」をTVで見て、この曲を唄うシラ・ブラックにも
恋をして、以来ずっと取り憑かれたままの自分自身が作る現在のアートワークに対する<個展タイトル>は、これしかない!と確信しました。
<GOING OUT OF MY HEAD>〜何て素敵な響きに思えませんか!?…狂ってしまう程の過剰さ極端さがなければ、アートを作り出そう!などと…自家発電も生まれません。
アートや音楽が、元気や喜びや希望の糧になることをどんな時でも願ってます!!
● 咳をしてもひとり・宇宙を眺めて
明治から大正に掛けて生きた、種田山頭火と並ぶ俳人の尾崎放哉の作品に『咳をしてもひとり』という俳句があります…
彼は結核に冒されていて、余命いくばくもないことを知っても酒を飲みつづけ、そんな無常な心境の中で読んだ句ですが、悲壮感というより、自然の中でどかっと座って宇宙を眺めて
いるような気配を僕は感じます。自分の病気や身の上の孤独を嘆いてるわけではなく、ひとりでいる自分という存在をしっかり達観して見つめる強さといいますか、むしろ「ひとり」で立つことのしみじみとした喜びすら伝わってきます。
近年「ひとり」「孤独」「仲間外れ」を怖れ、無理矢理「繋がったり」自分を曲げてまで「友だち」を作ったり、仮想現実の無数のトモダチを増やす風潮にもありますが、
人はひとりで生まれ、ひとりで死んでゆく本質的な孤独の存在を知って、自分自身であることに満たされたインディペンデンスな感覚をしっかり俯瞰出来ることが、
<GOING OUT OF MY HEAD>の恋をする懇願が逆説的に叶えられると信じてます。
僕の作品が<放哉の俳句>の様に、どかっと座って宇宙を眺める…それぞれの皆様の「ひとり」の中で、しみじみとした喜びが少しでも伝わり、感じて頂ければ幸いです。
○ 加藤靖隆さん 個展 開催概要
「GOING OUT OF MY HEAD」
会期: 10月16日(日)- 10月29日(土) (休日:月曜日)








