Staff Blog

2011/4/29 金曜日

一年間 

祝日休みなどの決まりは特にないけれど、
今日を持って、Littlefan 株式会社 の第一期が終了した。
決算処理ってどんなものかあまりよくわかっていないけれど、
利益・売上目標は未達に終わった。正直に言うと。

そもそもの粗い計画だった上、一年のうちに色々と状況も変わったと思う、
が、たとえ状況がどうであっても、それが正確な分析でも
数値で表さられる結果のみを取り出して真摯に受け止めねばならぬ
というのが経営なのだろうと今更、痛いほどに感じている。

見通し甘かったなあと。しみじみ。なーんもわかってなかった。
だからって、何か後悔しているわけでもないし、したほうがいいとも思ってない。
なんもわかってないというのも、始めてみて気づいたわけで。
アホみたいな話だけど、始めるには、飛び込むしかなかった。
それは間違いない。

ちょっとずつ勉強して賢くなっていって、仕事もできるようになって人脈も広げて、
そうして始めたほうが、スムーズに行ったこともある、って確かに思う。
先日ある人に 「いまもし、一年前にタイムスリップしたとして、
この一年間を振り返って、それでも、起業する?」と聞かれた。
たぶん 「いまの状況が一年前にわかっていたら、もう少し準備してから
スタートしましたね。」という回答を期待していたんじゃないか。
でも、「いまの経験値があって一年前だったら今より多少うまくやれるだろうから、
そりゃーやるでしょ」 と、僕はあっさり応えてしまった。
まあ事業として、つまり決算の数値でみるなら、どうだろうね。
一年経ってみて、難しさについても実感しているところではある。
この楽観はたぶん、アートに関ることができて、楽しかったし、わくわくしたからあり得た。
一年を通じて出会った作品たちは、決して僕の期待を裏切ることはなかったし
だから、たくさんの困難があったにしても、
それを自らの課題として生きる糧に変えることができるのだ。

書いていると余計に感慨が募るが、自分語りはこれくらいにしておく。

次の一年をどうするか。

既に具体的に決まっていることを箇条書き

・Littlefan.net のリニューアル 5月中
・LOVE ART PJT 第二弾 6月末
・展示企画 8月~11月
・三番町カフェの展示は、今後も継続してやっていく

基本的に弊社の可能性の中心はWEBにありたい。
新生 Littlefan.net は、5月中にいったんリリースしたいが、
斬新的に進化していくことになる。
LOVE ART PJT(アーティストコラボのグッズ販売ですね)の第二弾は、
Xperia のケースと、いつ販売開始なのか読めないけれど
iPhone5 のケースやります。別に携帯ケースにこだわっているというのでもないけれど
おかげさまで、第一弾のiPhone4 ケースが、ご好評いただけたので第二弾と相成った。
今回もすばらしいアーティストの方々の参加を予定していいまから楽しみである。
展示企画は、某ギャラリーとのコラボ企画だが、
ほぼほぼまとまってきたので、近くティザーを出せると思う。

ひとまず、いじょ。

この一年間、ご縁あった皆様に、深く感謝したい。

谷岡

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2011/4/20 水曜日

個人的な体験 

いまさら改めて書かねばならぬでもないけれど、
そう、人が生きるにおいて、なぜこうして在るのかという
根源的な問いは憑き物で、無論、明確な回答などないし、
はっきりと応えねばならぬでもない、ただ、
その曖昧模糊を恐れず、無力なる自身、孤独を引き受ける強さは、必要なのだ。
時間の流れから逃避できないのと同じく、とは正確な比喩だろうか。

歴史の必然、時代の要請、普遍的な倫理、
そのような超越的な者たちを頼みにすることが難しい現在であるのは
人間にとって辛い状況だと思う。
が、たとえそうであっても在らざるを得ないことに変わりない。

矮小な私の個人的な体験を昇華し、在ることの意味を
紡ぎ出す言葉を獲得することが、いま大切だと思う。

津波の映像を幾たびか見ていて、
いつだったか、大型台風が襲い、豊岡の鞄産地が洪水によって、
大変な被害を受けた時の挿話が思い出された。
兵庫の日本海に面したあたり、城之崎温泉のあるすぐ近くである。
ある鞄屋の社長が、壊滅的な打撃を受けた工場を目の当たりにし
ひどく落胆しつつ、事務所のパソコンを起動すると、
何件か注文のメールが届いていて、それで奮い立ったという。

いま東北で避難地に暮らす人々も、いつかメールを読み込んだ時に、
ぽつりぽつりとメールが届くことだろう。
身を案じて、連絡ください、と書きおかれた震災後のメール
それらを見返して、何を想うのだろうか。

いま、地震・津波による被害から、原発事故と放射能による影響に関心が移りつつある。
「救う」側にいたはずの東京の人たちは、急に、「被害者」になる可能性が出てきたわけだ。

自分は被害者ではないという「負い目」。物語の埒外で喚く、野次馬の衆のひとりでしかない
自らの体たらくを虚しく思う気持ちはわからないでもないけれど、
それをヒロイックな言説によって上辺だけ置き換えてどうするのだろう。
見ていて何とも居た堪れない。
という気持ちになる自分も、自意識の矛先が違うだけで、
眼前の事実に具体的に語る術を持たない弱さは共有している。

今回の震災における被害の多寡を測ろうというのではなく、
実際に人々の身に起きているのか、その個人的な体験について
知りたいと考えている。
そして無自覚でも、悔しくとも、背景を蝕む、狂気についても。

現在進行形で語る以外、いまはないけれど。

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2011/4/1 金曜日

原発 

4月になった。エイプリルフールだけれど、嘘をつくのは苦手なので
気にせず、思うまま書く。

大学入学を機に上京したのが、2002年だった。
この4月で、東京での10年目を迎えることになる。
長い気もするし、短い気もするけれど、時間とは常にそうであって
それ以外のあり方はなかろうという気がする。
だが、10年という単位で数えることについては未だ慣れない、
というより自らの理解を超えているような気になるのは
物事を眺める視点や環境が、あくまで卑近であるからだ。
ふらふらとしている。

ひょんな仕事が舞い込んで、大学生の頃に読んだ本を漁っていたら
「循環型社会を問う」といった環境学系のタイトルの書籍が散見される。
学生時代、僕は真面目に、地球環境問題について取り組む積もりでいた。
イラク戦争を迎え、最高潮にあったように思う、エネルギー問題、
当時、それは京都議定書というワードで結実していたけれど
思考は、技術、経済、政治から、農学や法学にも及ぶ。
「環境」というだだっ広い呼称がそれを象徴しているだろうか。

とにかく、環境問題は複雑な物事の発露、末端としてあって、
その”根本的” な解決は、途方もない。
よって各論に落とし込むなり、ある程度のトレンドに沿って語る必要がある。
2002年頃は、エネルギー、すなわち脱・石油(脱・中東)を中心にあり
政治的な要素の色が濃かった、それが当時の環境問題である。
地球温暖化、水問題、食糧問題、貧困問題と、無論、様々に議論されてはいたが。
景気がそれなりにいいこともあって、このまま突き進む路線が優勢だったのではないだろうか。

いろいろ思い出話が募ると長くなるが、原子力発電所はそのような状況下にあって
石油に代わる代替エネルギーとしてはかなり優秀であって、
資源の乏しい日本の未来には、必要不可欠だと、考えられていた。
なおかつ、二酸化炭素の排出も少なく、クリーンである。
異議を唱える声の急先鋒は、原子力発電所と核兵器の開発を一緒くたにした
一部の左翼ぐらいであって、発電所から出る放射性廃棄物は、海底に埋めたらいいとか
そんなような話であったと思う。
原子力発電所が比較的経済的に弱い地域に追いやられるのも
ゴミ処理場と同じ原理で、あくまで倫理的な問題として回収されていたのではなかったか。
いまになって福島の方に申し訳がない気持ちになっているけれど
では東京に建築できたか、実際的な問題としてそのような問い立ては困難だった。
一部の研究者は、領土問題と絡んでこれまたややこしいメタンハイドレートに目をつけるか、
太陽光や風力、地熱といった自然エネルギーを利用した発電にも確かに注目していたし、
そもそも電力の消費量を減らす、「省エネ」の議論は、むしろ盛大に交わされつつあった。
ただ原子力限って言えば、いかに「安全に」「持続可能に」するかということが検討課題であって、
「核」という、かつて日本国を(そして僕の祖母の人生を)完膚なきまでに破壊した脅威の存在を
いかに管理下におき、従えるか、というのは歴史的な悲願であって、排除あるいは無視するような
選択肢は、国家レベルでも、個人レベルでも、あり得なかった。
だからこそ、9,11以後、時代錯誤的に見えた左翼たちの
戦争放棄・非武装論としての国家ビジョンのみが、唯一、原子力に抗し得たのだと思う。
平均点以下の凡庸な学生としての当時の実感は、そのようなものである。

これはあくまで僕の個人的な印象論であることを、断っておく。

いまのような大惨事も全く予期しなかったことではないと思う。
大地震が誘発するという視点がどこまであったかは知らないが、
ジャンボジェットが原子力発電所に突っ込むイメージは、確かにあった。
だからこそ、強い姿勢を持って戦うと宣言した小泉が安定した支持率を保ち、
石原慎太郎が都知事であり続けたのではなかったか。
原子力は、時期的に言えばそれ以前から稼動していたにせよ、それを
推進していくのだという姿勢は、確かに国民が引き受けた「痛み」のひとつだった。

環境省が設置されたのは2001年だが、経済産業省の下部機関のような弱さを
ずっと引きずっていて、あくまで、環境問題は政治問題としてあって、
僕が当時、環境問題を扱うことに限界を感じたのは、理系としての視点の弱さに
あったことは、確かである。
そういえば、石原慎太郎は、かつてまだ国会議員だった頃、環境庁長官の職に
就いていた頃があるが、彼はそこで何をしていたのだろうか。

福島原発が、事ここに及んでは専門家に任せるより他ないが、
根本としての原子力問題を思考するのであれば、政治・経済・技術的な観点から、
果ては日本という国家そのもの、もっとはっきりといえば、人類史そのものへの
全面闘争に至ることは避けられず、そこで足が竦んでしまう。

この10年、多くの人が頼みにしてきた、ライフハック的個人主義には決別し、
いま妙に盛り上がりつつある、無垢なナショナリズムにも批判的であること。
大塚英志が、道化師のように唱えていた「戦後民主主義のリハビリ」について
きちっと再考してみてもいいかもしれない。

都知事選が来週末に迫っている。この動乱の最中に都民は大きな選択を迫られる。
政治はそのような数奇な時節のなかにあると、まさに石原慎太郎がどこかで書いていたはずだ。

色々なことがよくわからない、というのが正直なところであると思う。
10年先、20年先、どうであるのか、どうであるべきなのか、と問うみても
空疎な自らの愚がじっとしているだけだ。
だが、衆愚としての己自身を引き受けねば、民主主義は成り立たないのだろう。

いったい何を書こうとしたんだっけなあ・・・。
変わることについて、だったと思うけれど・・・。

(Tanioka)

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2011/3/21 月曜日

地震 

地震について書いておく。

被災地で何が起こったのか、いま原発がどういう状況なのか、
詳しくはフォローしていない。テレビをもともと見ないし、新聞も取っていない。
雑報の集合としてのtwitter は、その真価をいかんなく発揮しているようだ。
僕は、今回の震災についての知識の多くをtwitter から得たし、
実際、地震後にメールも電話も通じなかったあのとき、
twitter がかなり役に立ったことを認める。

けれど、すぐ後にやってきた、余りにも悲惨な被災地の映像や自らの無力に対し
どう向き合うかを考えたとき、家族やすぐ傍の仲間たちと未来について語らい、そして、
震災後にむやみに肥大してしまった日本国家ついて展望せずにはいられない時、
事実以上の言葉が必要とされていることを、僕は改めて認識した。

常に僕は言い続けてきたけれど、
抽象的な言葉のさらなる行間、うわ言のように積み重なる言葉の厚みによってしか
伝えきれぬものがあって、それは、幻想的でも官能的でもなくて、
むしろ、理知的でしかないだろう。そこにいくらかのエリート主義というか、
単純に鼻持ちのならなさみたいなものを感じ取るのは間違いでないと思うし
同時に、それほど重大なことでもないのだというのが本音としてはある。
つまり、大いに語るけれどもその行為自体を優劣ということはできなくて
ただ、そうせねばいられぬという過程として捕らえたほうがよくて、
その過程は、誰もが通らねばならぬ道でもない、ということだ。

大江が「遅れてきた青年」と呼んだ者たちを亡霊のように見る。
終わりなき日常の狭間にぽっかりとひらいた奇跡、
それを奇跡と呼んでしまう愚かしさを省みず、
セカイ系にもなれずに奇形にゆがむ悲しきマッチョ 程度のものが
堂々として在り、唖然とする。

「アートの必要のなさ」について嘆く人々は、一体何にうろたえているのか。
被災した人々に対しいま、アートはなす術がないとして、
それを、食えぬし、寒さを凌げぬし、ということにしてもよいけれど
たとえば、震災がなかったとして、そのうちの何人がアートを必要として
生活していたと考えるのだろう。多くの人々にとって、
そもそも、必要とされていないのではなかったか。
そのことに自覚的であったからこその悩みが重かったのはずであるのに
悲しきマッチョになり下がっている。否、それも少数派なのかもしれぬ。
多くの人にとっては、雑報を延命させる溶媒でいることが安心につながるようだ。
いや、それもどうか。
他人のことをとやかく詮索するつもりもなければ、
あまり興味もわかないというのが、僕の実際であったりする。
ただアートに限っていえば、至急でなくとも、この震災を受けて、
語り得ることはむしろ増えるだろうし、それに値する言葉を持っておかねばならぬと思う。
もっといえば、そんなふうに生きることや未来について指し示せぬものについて
どのようにして価値を見出せばよいのだろうと、逆に惑う。
アートでなければ語れぬ言葉がある。あるいはそれを持ってアートと呼ぶのかもしれない。
まやかしと蔑むこともないけれど、あまり表面的なことでいがみ合うのはみっともない。

ないないといい続けているのは無論、
その裏側に未来を指し示す何かを見出し、それを僕は希望と呼んで、
明日も背中に感じる視線のように、被災地の哀しみを受けながら
生きることにしており、その広がりの渦中にいると認識するからだ。

**

本当は「個人的な体験」について書こうと思っていたのだが話が反れた。
いずれ書く。

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2011/3/9 水曜日

#1 Melting 

今週金曜日から、10000 Art Collection #1 Melting がスタートします。

「アート作品を10000円から購入できる」 という設定は先回同様ですが、
#1 は、”Melting” というキーワードをテーマに掲げています。

特にテーマありきの展示会でもなく、その意味は知らずとも
見て楽しんでいただける場になると思います。

ということもあって、テーマについては、

白と黒で構成される、光が混じり合い、色が重なり合う瞬間

という一文を付しただけに留めています。

もともと、作風をそろえるよりも、多様な作品を展示することで
ふらりと見に来た方が、自分の好きなテイストの作品と出会えるように
できればと思っていて、参加するアーティストも、平面あり、立体あり、
全体に共通する志向等を前もって、想定しているわけではありません。
(今後もずっとそうして続けていく、というつもりでもないですが。)

とはいえ、テーマがないわけではなくあって、
それについて少しの紹介もないままなのも、不親切な気がし、
かといって、実際、展示を見に来ていただいても、「話せば長くなるし」
と割愛するでしょうから、この場で多少書いておきたいと思います。

Melting は、”Melting of snow = 雪どけ” から来ていて、
ひとつに、(ありがちなように)3月の中旬のこの季節にかけているわけですが、
「光の三原色が重なったときの白、色の三原色が混ざった時の黒」、
一見、無彩色な世界のなかに、色の萌芽を感じ取る、
雪どけの合間にふきのとうを見るようなイメージがまずありました。
(イッツたかつさん案に脚色)

今回、どちらかというと色味の曖昧な、あるいはモノクロームで構成された作品を
中心に展示しています。観に来ていただいた方が、それを心に映し
湧き上がる感情、直感的な”色” を感じ取っていただければうれしく思います。

それからもうひとつ、おまけ的に付け加えると。
10000 Art Collection は、これまでアート作品を購入した経験がない、
という方に、“はじめて購入する機会” をつくりたいという思いからスタートしました。
いまは展示の企画側にいる僕も、その体験をしたのは、最近のことです。
自身を省みても、価格が10000円だから買うようになる、というわけではないでしょうが、
「とっつきやすさ」 や 「選ぶ楽しさ」 みたいなのは必要だと思っています。
これまでアートのなかった生活空間に、ひとつの作品が芽生える、
その比喩としての、”雪どけ” であり、今後、ますますアートが咲きほこる生活へと至る、
節目の体験を、ご提供したいという意志を込めてもいます。
(もちろん、すでに作品を買ったことあるという方にも、楽しんでいただきたいです。)

ということで、3月11日から22日まで、ギャラリーit’s でお待ちしております。
ぜひ、ショッピング気分で、お越しください。

Link: 10000 Art Collection #1 Melting

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2011/2/25 金曜日

展示など 

最近また読書できるようになってきた (心理的に)。
寝転がってページを繰るのが心地よくて、ああ、こんなふうに
過ごしていたのだと懐かしい感じがする。

酒もまた頻繁に飲むようになった。
それがいいとも言わないが、何かしらの変化があって
月日は流れているのだと感じる。

大塚英志を久しぶりに読んでいるといちいち刺激される。
書くことをさぼっているのはよくないと思った。

最近、展示の企画をすることが多い。
個展が中心だったときは、ほとんどアーティスト任せだったし、
編集者なきインターネット文学、美術の時代に、
あるいは編集的、DJ アーティストの時代には
それもふさわしかろうと、今になって得心する。

だが、グループ展となると、いささか様相がちがう。
内容についてあれこれということはなくて、
あくまで枠組みの提供、プロデューサーとしての立ち居地でいたい。
それによって内容についての責任を回避する意図で
そう主張するのでは、無論ない。

考えが浅かった言われればそれまでだが、
発表における枠組みというのも、それに時代性を見出すかどうかは
ひとまず捨て置いたとしても、全体において重要な地位を占めていると
いまさらに痛感している。
事業会社としてこれを引き受けるにおいては、
胡乱な議論を重ねることより、実績を積み上げるしかないというのが
変わらぬ信念ようなものとして自縛してあり
現時点の弱さもそこにおいて明白になる。

ということで、夏以降で、展示の企画の話が来ていて、
今後のWEB との連携のことも考え合わせていると、
まだまだ、想像力が不足していて、
空虚に浮かぶ思考のあれこれを、とりとめもなく
こうして書くことで、次に進まないかと思うのだ。

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2011/2/6 日曜日

説明と紹介 

今日は、白金から、恵比寿へ、そして原宿へ。
なるべくたくさんの人と出会うことが、いまは必要であると思っている。
数が多ければいいというような情けないことを言うのではない。
ただ、僕には人のご縁がなければ、何もし得ないことを冷静に見つめているに過ぎない。

初見で名刺交換をすると、決まって「何をしているのか」と聞かれる。
従来の枠組みで判別できぬという意味では望むところでもあるが
不信がられるのも本意ではなく、話の流れでいま行っていることを話したり、
将来やりたいことを話したりする。
時間の隔たりが質的な差を孕んでいるのは今まさに転換期にあるからで
早く量的な問題になればとは思っている。それはそう先のことではないはずだ。

次に問われるのは、なぜにこの事業を始めたか、である。
あるいは事業とも呼ばず、お遊びと揶揄しているかもしれぬと邪推する。

これをはじめる以前には人事、つまり企業における人のあれこれをサポートすることに
少し携わっていたことがある。というと、余計に、胡乱にみられるかもしれぬが事実そうだ。
人の問題と、コミュニケーションの議論は、切り離せぬものであって
その際に印象に残っている話として、質問の質ということがある。
他人にいかに語らせるかは場面によってはとても重要なことであり
その導入は、しばしば何かを問うところから始まる。
5W1H というのがわかりやすいまとめである。
ただ質問にも質があって、いつ、とか、どこで、というのは応え易いが、
君は何者で、何故にそのようであるかという問いは応え難い。
Littlefan という会社が何で、何故にこのような活動をしているのか、
端的に説明するのは、いまは、少しの困難がある。
あろうが、説明するに違いないし、嘘をいうこともなく、むしろ愚直に正直な自分であると
思わないでもない。今日も、ある程度のご説明を差し上げ、結果、よくわからないというのが
素直な判断だと思うけれども、まあなんとなく、という程度の印象はあったと思っている。

それはそれでいい。
ただ、会社を始めて感じるのは、その応えの如何が、あまりに私という個人の価値観やら、
人格ということに密接しているとうことで、それは会社員をしている時には生じなかった何かである。
アートでなくても、何かを自分の名義で仕掛けるならば、そこには個人的な責任が付きまとう。
雇う側と雇われる側、経営者と社員との違いなぞ、腐るほど論じられていることではあるが
ああ実際にこういうことかと体験するのはいままだ新鮮である、それは
常に自分と向き合うことでしか答えを出せない、即興的な面があるからだと思う。
無論、雇う側がエライなどとは毛頭思わないのも、いまだからこそ平然と言って仕舞える。
この会社は一個の私の作品なのだと、疑わない。
こっちは今はまだなくとも組織であり、複数の成員によって成立するのだから、
アーティストと個的に呼称されるのには抵抗があるけれど
似ているといえば似ている、と思う。
作品もアーティストもそうだが、説明は不要だが紹介は魅力的であってほしい。
今日、海外に長くいた某氏が、そして昨日も別の方が喝破していたところでもあるが、
妙に緊張したり、遠慮したり、自信なげに語られるのは聞いていて面倒臭いが、
かといって、本質的な差異について細々と説明されても残念ながら門外である。
であれば、魅力的なプレゼンテーションと、あとは、アウトプットさえ提示してもらえればいい
というのは、不遜ではなく、諦観ではなく、有体にいって、本質。
作品を代替して提示するものなど、あっていいはずもない。
何事もそうではないだろうか、作品と呼ばずとも。アートを例外とする必要はない。

このあたりで合点がいって書き連ねてみた。が、空虚な文章になったか。
それも、だいたいの議論が、煮詰まって来たが故であって、次に進むべき、
つまり、アウトプットを見計ることが求められているのだと前向きに考える。
ああ、早くそうしたい。
時の流れは早く、歩みはのろい。言うは易く、行なうは難い。
悶悶。

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2011/1/31 月曜日

#0 

この土日で「10000 Art Collection #0」も山場を過ぎた。
実際、今日が一番、来客数も多かったと思う。
おこしいただいた皆様、ありがとうございます。
(2月1日までの開催となります。)

展示が始まってほぼ毎日ギャラリーit’s に通って土日はずっと会場にいた。
入れ代わり訪れる方と話し続ける時間をすごしながら、
多くのことを学ぶことができたのは本当に有難いことであると思う。

いま思うのは、アートの楽しみ方に多様さを、もっと多くの人にアートを
と言ってこの活動をスタートしたけれど、今後いかに展開しようが、
大切にしなければならないのはその都度の作品との一期一会ではなかろうかということ。

アートに詳しい方も、そうでない方も訪れる場だった。
詳しいに越したことはないのかもしれない。経験がないより豊富なほうがよい。
考える言葉がないよりはあったほうがいいに違いない。
だとしても、ないものをねだっても仕方がないし、ないならないなりの経験なり知識なり、
等身大の自分で持って作品と対峙する意外に方法はない。
僕自身、毎日通いしているうちに、展示している作品の見方に多少の変化を受けた。
訪れた方や、在廊しているアーティストとの対話は、作品そのものはもちろん、
作品をみるという行為それ自体や、大げさに言えば価値観という脊椎に与えられた影響ですらあった。
それを少しの進歩と前向きに理解したところで、もたらされるのは次の一期であって一会に他ならない。

作品と対峙することによって審らかにされる自身の無力に恐怖をおぼえる。
逃げ出したくなるほどに。
僕はこの展示会を遊びで企画したわけではなく、これが僕の仕事であり
それを仕事にしたのは僕の選択であって、僕の価値観やら人格も全て巻き込まれてしまっている。
不勉強や経験不足や努力の至らなさや、あげつらうことのできる短所全て、無論長所も、
今後への展望も計画も、活力も、何もかもない交ぜにした、いまここにある全てだ。
言うまでもなく、この展示会自体は、僕の独力であるものでは決してないし、
むしろ、”ほぼ何もしていない” といったほうが適切であるだろう。
そういう環境なり、経過を含めて、僕はいまこうして対峙する以外になかったのだ。

話が自分語りに反れたが、観るのもそれとそう変わることはないのだろう、と。
気軽に楽しんで観てほしいとか、自由に感じてほしいとか、言うけれど、
実際には、それ以外に方法はない。観るというのはそれだけ原始的な行為なのだろう。
参照する知識や経験、そこに立つ目的や理由によって左右されるという意味での極めて人間的原始。

ひどく当たり前のことをバカみたいにぼやいている気がしてきた。
でもいま、そんなことを考えています。

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2011/1/26 水曜日

魔法使い 

ブログ、ひさしぶりすぎ。

いろいろ書きたいこともあったし、書こうとも思ったけれど、結局。
そう、1月21日からスタートした、ギャラリーit’s の展示
10000 Art Collection」 の準備などで、ここんところばたばたしておりました(言い訳 orz)。

twitter 上でも、ちらほらご意見が(間接的に)寄せられていて
「10000円で買える展示会」ってだけじゃなくて、もう少し説明しないといけないのだろうとは思いつつ。
それは今後の展開に関わることで、その準備も並行して進めているわけですが、
まだ準備が整っていないものを取り出してどうこう公言するのもいかがなものかとも思い。

この展示は、これ単体でも成立しているわけなのでご興味ある方は、気軽にご覧いただきたいと思うし、
ご意見ある方は直接、お寄せください。
無論、#0 の反省点はすでにいくつか露見している部分もあって、
#1、#2では対処していきたいと思うが、それも会期半ばにして論じるでもない。

ということで先日、『涼宮ハルヒの憂鬱』を(いまさら)読んだので
それに関し、書きたいことだけ書く。(数年前の作品だし、微妙にネタばれする。)

ライトノベルというだけで微妙に敬遠していたところがあるが
こんなふうに一世風靡?する作品は、たいてい面白く、これも例外ではない。

簡単に言うと。
ある日、涼宮ハルヒは自分の空想を現実のものする神的な力を手に入れ、
「超能力者がいてほしい、猫に喋ってほしい」などと願うたびに世界が変容する。
ハルヒはそのことに無自覚であり、語り手の一人称の男を含め周囲が、
ハルヒのむちゃくちゃな空想に振り回されて七転八倒するドタバタ劇である。
冒頭に示されているとおり、そんなふうに現実を変えてくれるヒーロー(ハルヒ)の存在を願い、
そのヒーローを側で支えることを望んだのは主人公の男であるという二重構造になっているのが面白い。

「超能力者などいない、猫は喋らない」とハルヒが「現実」を直視することで混乱は静まる。
つまらない現実を受け入れ、かといって鬱々とせず(気分が沈んでも世界は混乱する)
高校生らしい、恋愛や部活動、友達とのバカ騒ぎなど、ありふれた生活に嬉々としていればよいのだ。

なぜ戦争は起こり続け、貧困も差別はなくならず、憎しみは蔓延し、環境は破壊し続けられるのか。
そうではない世界を夢見て、眼前にそびえる屈強な”現実” に戦線布告するくらいなら、
”ありふれた” 出来事として素直に受け入れ、それを前提として立ち、
(日本という土地で、たった100年間を) 無難に平凡に過ごすことにこそ、幸福は宿る。

”平凡”の尺度は人それぞれであるし、自分自身は常にオリジナルでしかありえない
というエクスキューズをした上で、僕はこの言明を否定しないし、むしろそれが可能であることを歓迎しさえする。

が、世界を変えようと思うなら、たとえその”空想”を嘲笑われ、疎んじられようとしても諦めず突き進むしかない。
その”空想”の世界がいかに魅力的であるかを”現実的”に実感させることができれば、
”空想” は、”現実” を変える力を持つ。”現実” を変えるのは、最終的には人の行動によってしかないのだから。

超能力者はいないし、猫はしゃべらない、と信じ込むことで、守らねばならぬ現実とはいったい何だろうか。

無論、願えば叶うというほど、”現実”の社会は、ライトなものではなかろう。
しかし、願うのを否定して産まれる何かがあるだろうか。
願わず生きることも、願いを否定して生きることも、願いをもって行動することも
同じように、”そうではない” 退屈な日常世界の平面上にしか展開しない。
いや、現実は、多少の願いが叶っても揺るがぬ、頑迷なものであるという嘆きのほうが
余程”現実的” であると思うのだ。

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